県内進学高校の国立大学・医学部の実績(浪人生含めて)
市高・理数科は、国立大学・医学部へ毎年、12~15名進学しています。多い年は、16名進学しました。普通科からは、三年に1人くらい行くそうです。
徳島大学・医学部には、推薦枠(50名)があります。県内だけでなく、県外も含めてですが、大いに有利です。推薦してくれたら、センター試験はしっかりと点数を稼ぐ必要がありますが、大学独自の試験は、さほどではなくても合格させてもらえます。
歯学部には進学実績があまりなく、徳島大学・歯学部は推薦枠を10名しか募集していません。理数科の高校授業カリキュラムは過激なほどです。高校2年生で、3年生の履修をすべて終えています。このスピードについていける生徒さんの能力もたいしたものです。
以前、厳しいことを書きました。ついていけず、ドボンして「お客さん」とか「潜水艦」と呼ばれる落ちこぼれが出ます。
市高課長さんにその実態をずばり聞きました。「文系が強いのに理数科へ入った生徒は大変」「ケツから、5人ほどはついていけないのではないか」など。
正直にというか、「スポーツもしていますから、浪人して伸びる生徒もいます」…と、うまくかわしましたね。
城東高校は、さすがの県下トップ校と言われています。理数科に負けず劣らず、控えめな口調で、国立・医学部10~12名進学しています・と。東大へは、2~3名と言われましたが、たぶん浪人生も含めてです。高校側もあまり掌握できてないのかもしれません。両校とも、国立大学・医学部を目指している生徒については、浪人しても、しっかりと追跡しています。
『先取り学習』は「諸刃の剣」というブログを書きました。ネックになる『先取り学習』の中心的な教科は「数学」なんです。思考科目は、カリキュラムの進行スピードが速いと、当然「消化不良」を起こす生徒が出てきます。文化系・暗記科目は、いくら先取りしてもいいんです。覚えたら良いことです。時間をかけて深夜までかじりつけば、なんとかなる世界です。数学だけは、走っていかれると上滑ったり、息が切れることはしばしばです。
北高の進学課長さんは、「うちの保護者さんですか?」「個人情報ですので」
…『個人情報じゃないですよ。単なる数字を教えてくださいと言ってるんです。市高も城東もすらすらと説明してくれました』…かなり狼狽えていました。
もちろんゼロなんですね。シビアなこと聞いてごめんなさい。城南と城北は、両校とも新学期初めての職員会議で進学課長さんのご意見は拝聴できませんでした。また、今度。
保護者さんは、先々のため、あちこち塾・習い事で散財せず、しっかりとお金を貯めてください。「末は博士か大臣か(笑)…大きくなればただの人」小さい子どもにお金をかけるより、大学になればイヤでも大金が必要となります。がんばってね。
『学び』のヒント
大事なのは結果ではなくプロセス
頑張って新しい学びに挑戦すると、その成果を実感したくなるのは当然のことです。受験や資格取得を目的とする勉強でない限り、結果は二の次だとのんびり構えてみて下さい。
自分のための学びは、誰の目を気にすることもありません。多少つまずくことがあっても大丈夫。やりたいことを自由に始め、次の好奇心へ繋げていくプロセスこそが一番大切な成果です。
学び方にきまりをつくらない
勉強法を思い出してみても、ノートに一通り書き出して覚える派や、図書館に籠もる方が捗る派など、やり方も場所も人それぞれだったのではないでしょうか。
大人になってからの学びも同じく、やり方は好みでOK。ワークショップに参加したり、ゆかりのある場所に出向いてみるなど、学びを実感するための方法をいろいろ試してみましょう。
算数・数学の先取りはするべきなのか?
先取り学習のメリット・デメリット算数は学年が上がるにつれて、徐々に難易度が上がっていきます。特に、小学校5年生に上がるタイミングで算数の難易度は一気に上がると言われています。
倍数・約数の計算や分数の通分は多くのお子様の「悩みのタネ」になっています。果たして本当に先取り学習をするべきなのでしょうか?
算数先取り学習のメリット
筆算のやり方、分数の基本的な考え方・文章題の解き方などを勉強していると、実際に学校や塾で習った際に授業内容が復習になるため、よく理解できます。自分が頑張って勉強をした結果、良い成果が出せるようになると算数を好きになれるというメリットもあります。
算数先取り学習のデメリット
過度な先取りは子供の負担になってしまう。過度な先取り学習は子供の負担になりかねません。難易度の高い問題をお子様に解かせることはモチベーションの低下や算数を嫌いになってしまう原因となります。また、先取り学習に注力しすぎることで、普段の学校の勉強や余暇などを充実できないことも問題です。
中学・高校ともなれば、内容のレベルがグンと高く深くなります。安易な学び急ぎは、怪我の元です。
高校なら、数ⅠA・数ⅡBをしっかりと演習し、足下を固め、数Ⅲの後半は捨てても良いと思っています。
世の中で先取り学習への賛否両論が見られるのは、どれほど先取りさせるべきなのかを理解できていないためです。
受験塾に丸投げするのではなく、お子様の特質に合わせて取り入れることが肝要だと思います。
脳を使う事によって起こる変化とは?
記憶力や認知機能が高まる脳は、使うほどに新しい回路を繫ぎ、活性化していきます。
以前はあまり覚えられなかったような事柄も、自分の興味が持てる分野から切り込んだり、関連付けやグループ分けなどの方法を駆使して情報を整理するうちに、誰でも自然と記憶力が向上するのだとか。
効率的な思考に慣れた脳は、現状把握や未来予想を、次の行動に上手に役立てることもできるようになってきます。視野が広がる脳を活発に動かしていると、新しい情報に触れた時にも柔軟に対応できます。
今までに得た知識や経験と摺り合わせることでさらに物事への理解が深まったり、多角的な判断力が身に付いたりして、視野を広げることにも繋がります。新しいひらめきが生まれる問題にぶつかってその解決に悩んでいる時、堂々巡りを繰り返すだけでは良い方法はなかなか見つかりません。全く違う視点からのアプローチや発想の転換など、思わぬ解決の糸口を発見するチャンスの多くは、脳を活発に働かせている時にやってきます。
ワクワク感が生活にハリを与える新しいことを覚えたり、いいアイデアが浮かんだ時は、誰でも少し胸がときめいたりしますよね。そんなワクワクした気持ちは日常生活にもやる気を与え、ポジティブで健康的な心身を育む良いサイクルへと促してくれます。
論語には、「学びて時にこれを習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。朋(とも)あり遠方より来る、亦楽しからずや。人知らずしていきどおらず、亦君子ならずや」(学而)
いにしえの良き教えを学びそれをいつも実践する、それこそ喜びである。朋(同じ教えを研究、学習する人)が遠くからでもいとわずにやって来る、それは実に楽しいことである。
他の人が自分を正しく知って(理解して)評価してくれなくても、心に不満をいだいたり、まして怒ったりはしない。それでこそ君子である。
孔子にとっては、学ぶことそのものが楽しく喜ばしいものであったのです。他の人々の評価は、一々気にすることはないと言っています。
『定義…関数について』
数学における関数は、物を入れると物が出てくる箱だ。以前は函館の「函」を使って、「函数」と表記していた。物は基本的に値でなければならない。
例えば、1を入れると5が出てきて、2を入れると10が出てくるといった感じだ。入れるものは何でもいいというわけではなく、入れてもいい値が関数によって決まっている。
例えば、関数f(x)=2x+1(y=2x+1)は、どんな数字でも入れることができて、1を入れると3が、2を入れると5が出てくる。関数は英語で「function」…このfを使ってる。
新しい箱を作ったときに、その箱について「1を入れると3が、2を入れると5が出てくる箱です」と記述してもいい。だが、入れられる値が無数にある場合、「1を入れると3が出て、2を入れると5が出て、3を入れると7が出て…」と書いていては、いつまでたっても箱の全体像を記述することができない。そこで、f(x)=2x+1という表記を使う。
これは、「この箱に値xが入ると、値2x+1が出てきます」ということを表している。2x+1を計算するのは簡単なので、これでこの箱の全ての入出力について書き尽くすことができた。
xという値がそのまま箱に入っているように見えるが、実際のところこのxはなにかの値であって、xという文字ではない。どんな値が入ってくるかまだわからないから、とりあえずxと書いておいただけだ。だから、関数とは本質的には「値が入って値が出る箱」なのであって、その表記がどうなっているかは大した問題ではない。
どういう値が入る可能性があって、それぞれの値が入った時にどういう値が出てくるかがわかれば、それで十分なのである。