■■捨て問題の見分け方■■
①奇問・難問・悪問は無視せよ!
入試シーズンが近づいている今日この頃、みなさん過去問演習は進んでいるでしょうか?過去問を解いていて、「はっ!?なんじゃこりゃ!!見たこと無い・聞いたことないで!わかるわけないやろ!!」と思った経験、ありませんか?そんな時、「ああ・・・まだ自分の勉強量が足りていない・・・どうしよう・・・」と凹んでしまうことは少なくありません。
②捨て問題か、解答すべき問題かの分水嶺
捨て問題なのか、解けなければいけない問題なのか基準を見極めることが大切です。分水嶺とは、自分が見たことあるかどうかです。「そんなことしてたら、テストの半分以上捨て問題になってしまうよ!」その見分け方とは「学校で指定された問題集を一通りやって模試でも8割近く取れてる受験生基準で、見たことある問題かそうでないか」ということです。「今まで問題集何周も解いたけど見たことないぞ!」という問題は、あなたが解けなくても周りの受験生も解けていませんから安心してください。
②選択肢を選ぶ問題なら適当に鉛筆転がして
適当に選択肢をマークして次の問題に行くか、最後に時間が余った時に「こんな問題誰ができるねん」とつぶやきながら、試験問題をディスりながら解いてください。真面目に取り組むだけ時間の無駄です。この技は、ある程度勉強量を重ねた受験生しか手にすることができない技です。受験の真髄ってここにある気がするのです。特に難関校ではこの力が大いに試されているのではないでしょうか。
③どうすれば捨て問題を見分けられるのか?!
目の前の問題が捨て問題か解くべき問題かを見分けられるのか考えましょう。消去法です。信頼のおけるテキストを読み込み、信頼のおける問題集をちゃんと解いてきたという事実・経験を自信に変えます。「入試本番まで数々の問題を解いてきたけど、これは知らんぞ?」という問題を自然に見分け、切り捨てることができます。数学だけでなく、地歴の暗記科目においてさえ効果的です。重箱の隅をつつくような問題に対して有効です。
④受験勉強は、知識を定着させ、入試問題を解くため
思考力を身につけるもの、問題に慣れることが大事ですが、それらを経て、入試本番で自信を持つための手段でもあります。問題を解くときに自信があるかないかでは選択肢の取捨選択の思考力のキレ、判断基準が変わってきます。この時期は、とにかく問題演習を重ね続けるのです!(脳みそがパンクしない程度に)捨て問題を本番で見分けることができればかなり安心できます。
「今日の私冴えてるぅ~!♪」と自信につながります。息切れしないように、走り続けましょう。
人間は他人に何事も教えることはできない
①教育の本質は、教えることではなく、主体性を育むこと
指導者としては、子ども達にしっかり教えなければいけないというように考えるのは自然なことだと思います。「何度も同じこと言わせるな。しっかりやりなさい。」と。そんなことを繰り返していくうちに、子ども達は主体性を失います。自分の頭で考えることができなくなってしまいます。
②サッカーが強い国と日本のサッカーの教え方の違い
日本ではまず相手がいないところでの練習を始めます。ボールの蹴り方、止め方から指導してしまいます。作法から入ってしまうのです。一方でブラジルやアルゼンチンなどのサッカー大国は、まず試合をやらせます。サッカーを「体感」させるのです。相手が邪魔をする中で、上手くボールをゴールまで運べないことを最初に体感させるのです。そして子ども達に考えさせるのです。「どうやったら相手を避けられるかな?」「どうやったらゴールまでいけるかな?」と。
③日本人は練習ではものすごく上手いけど、試合では下手くそ
逆に海外の強い国の選手は、「練習は下手くそだけど、試合だと上手い」相手がいない場所では上手くボールが蹴れても、試合で相手がいる中では上手くボールが蹴れない。こういうことが起こってしまうのです。サッカーの基本はインサイドキックなどではなく、”駆け引き”なのです。日本サッカーは本質がスッポリ抜けてしまっているのです。
④教育という大きな括りの中でも同じような問題があるのではないか
教育の基本は教科書を暗記させることなどではなく、”主体性を育むこと”なのです。教えれば教えるほど下手になる現象はきっとこの主体性を育むということをないがしろにした結果なのだと思います。
④人間は他人に何事も教えることはできない
ガリレオ・ガリレイはこう言いました。「人間は他人に何事も教えることはできない。ただ、自分の努力でそれを発見するのを、手助けするだけだ」きっとこの言葉は真実で、教育の本質とはこういうことなのだと思います。子どもの可能性を伸ばすということは、主体性を育むことであり、それは好奇心を刺激してあげることなのだと思うのです。
◆大人(指導者)がやるべきことは、好奇心をくすぐる仕掛けと、自分で考えること、判断することを習慣付けてやることなのだと思います。
『黙読・音読・筆記~一番効率的なのは?』
「忘れたらスマートフォンで検索すればよい」そんな時代でも、どの試験も、暗記を避けて通ることはできません。効率よく暗記する方法があれば知りたい…!
①「黙読」と「音読」の比較
「黙読」は、目からの情報だけです(「1」の情報)。「音読」は、目と口と耳からの情報があります(1+1+1=「3」の情報)音読すると、目からの情報だけでなく、口でも言いますし、自分の声が耳にも入ってきます。単純に考えると、音読は、黙読の3倍の情報が入ってきます。黙読は、ザーッと読んでしまうことはないでしょうか。もしかすると「1」の情報もなく「0.5」くらいかもしれません。音読の場合、声に出して読みますので、しっかり文字を見なければなりません。ですから、目からの情報も「1」となります。音読は、黙読の3倍以上の情報が入ってくることになります。同じ情報を、短期間に繰り返すのが暗記の主要部分ですから、黙読よりも、音読のほうが、圧倒的に効果が高いことが分かります。
②「音読」と「筆記」の比較
読みながら書いたら、なおいいんじゃないですか?声に出さなくても、口で言うよりも、書くほうが大変だから、よりインパクトを与えるんじゃないでしょうか。やっぱり書いて覚えるほうがいいでしょう。ほとんどの試験は、口頭試験ではなく筆記試験なので、当然、書く必要はあります。どれだけ口で言えても、正しく書けなければ合格できません。ずっと書いていると手が疲れます。指にペンダコができるまで粘り強くやり遂げることです。でも「筆記」は、机の上でなければできませんが、「音読」はいつでもどこでも可能です。電車やバスの中で、立ってもできます。歩きながらでもできます。「音読」は細切れの時間でもできますから、時間を有効に利用することもできます。
③なかなか暗記できないところは「見える化(筆記)」で克服する。
「書く」練習は、いつすればいいでしょうか。最終的には、筆記試験ですので、書いて、覚えているかどうか、正しく書けるかどうかを確認する必要があります。重要な箇所は、書いて覚えるようにするといいでしょう。口で言っているだけだと、曖昧なところがありますので、書くことによって曖昧さを取り除き、「見える化(筆記)」するのです。◆成果を期待しています。
中学と高校の勉強の違い
①質も量も格段にレベルアップする。
進学し学年が上がるわけですから勉強の質や量が上がるのは当たり前だと思う人も多いと思います。しかし、小学校から中学校に進学するときと比べてレベルアップの仕方が段違いです。その原因としては、中学の主要5教科がさらに細分化されて、その分内容が濃くなるためです。・数学→Ⅰ・A・Ⅱ・B・Ⅲ・理科→物理・化学・生物・地学(さらに各科目の基礎科目まである)狭く深く学んでいくので、受験直前だけでマスターするのは難しく高校入学時の1年1学期からの基礎固めが大事になってきます!!
②授業スピードが速い
質や量がレベルアップするだけではなく、スピードも速くなってきます。その理由は、特に進学校であれば早めに高校内容を完了させて3年生では大学受験の対策に入ってしまいます。高校3年間の内容を2~2.5年間で圧縮して授業をする必要があるため、内容についていけなくなる人が続出します。
③テストの頻度が多くなる
中学の時は学期ごとの定期テストぐらいしかなかったと思うのですが、高校では大学入試を見据えた模試を学校単位で行なうことが多くなります。学年が上がるごとに模試の実施頻度は上がり、特に進学校であれば高3の受験期でほぼ毎週模試があるなんてところもあるようです。しかも、志望校合格の確率をA~Eの判定で明確にされたり、偏差値の形で現状の実力が分かったりするので思うような結果が出ないと、メンタルをやられたりモチベーションダウンする人も出てきます。今の内から効率の良い正しい勉強法を身に付けることが重要です!!
④高校入試によって入学時は同じレベル帯の人たちが集まってくる
中学校までは同じ地域に住んでいる人たちが集まってきて、学力は人それぞれ違うというのがほとんどです。しかし、高校入試を実施することでそれぞれの高校には同じレベル帯の生徒が集まってきます。特に進学校であれば各中学校のトップクラスの人たちが集まってくるので、ちょっとやそっとの勉強ではなかなか上位に躍り出ることが出来ません。
挫折して勉強のモチベーションが下がって、勉強についていけなくなる人も出てきます。これが中学と高校の勉強の違いになります。毎年、高校入学と同時に勉強面でつまづく人は数多くいます。解決法が見つからずに困っている人もよく話を聞きます。心当たりのある人もいるのではないでしょうか。
小学生・中学生の頃からしっかり基礎基本を積み上げておきましょう。
頭のいい人は「原理原則」にあった勉強をする。
◆数学は「覚える」よりも「理解する」ことを優先すべき科目頭がいい人はどのように勉強しているのか。「頭がいい」というと、皆さんはどんな人をイメージしますか?偏差値の高い学校に通う人?難しい問題をスラスラ解ける人?たしかに、頭の良さの「一つの側面」ではあるでしょう。
◆しかし、本当の頭の良さはもう少し根本的なところにあると思っています。「頭の良い人」は、「原理原則から考える人」です。原理原則から考えるとは、まさに「○○って、いったい何?」という問いの先にたどり着く、物事の本質を考えることです。具体的に「勉強法」を例に挙げてみます。
◆学校で習う「英数国理社」に、それぞれどんな勉強法が適しているかを考えたことはありますか?それぞれの科目に「暗記」はどれだけ必要でしょうか。5科目のうち、もっとも暗記を大事にするべきなのは「英語」だと思います。「英語とは、いったい何?」と考えると、その理由がわかります。英語は「言語」です。「覚える」ことから始めなくてはなりません。私たちもそうやって日本語を話せるようになりました。
◆一方、数学はその逆。「覚える」よりも「理解する」ことを優先すべき科目です。「いや、数学も公式を覚えたりしますよね?」と思ったでしょうか?再び、「数学とは、いったい何?」と考えてみます。数学は、言語とは本質的に違います。言語は人間が作り出したものですが、「1+1=2」は、この世に元からある法則を数字を使って表したものです。「『知識』は、覚えなくてはいけません。
◆しかし「1に1を足すと2になる」という決まりは、考えれば理解できますね。算数の決まり事や数学の公式は、すべてそうです。台形の面積を出すときの「(上底+下底)×高さ÷2」も、「a二乗+b二乗=c二乗」も、そうなる理由がきちんとあります。「なぜこの公式になるのだろう?」と考えて理解するのが、数学の理想的なアプローチです。逆に
★「公式の丸覚え」は、原理原則に沿っていない勉強法となるのです。サクシード塾長の想いです。