『知識』と『知恵』
学びは、決して知識や情報を頭で理解した記憶するだけではありません。何かの知識を持ってそれを身体を通して感じてみる、つまり身体感覚を伴う体験で「気づき」「腑に落ちる」ということが起きます。
体験を通して初めて学びは知恵に転化するのです。この自分の身体の体験から起きる学びこそが私たちの意識を変化させ、人間としての成長と進化をもたらしている源なのです。
数学の得意な人と苦手な人、好きな人と嫌いな人の違いの特徴の一つに、考えることができるかできないか、考えようとするかしないか、問題を見て、すぐに分からないと諦めてしまうか、何とか解こうと試行錯誤考えてみるか。試行錯誤考え、「考える力」を伸ばし続けたお子様とそうでないお子様では、年齢が上がるにつれ、数学力の差は目に見えて大きくなってきます。
「わかる」と「ひらめく」数学は勉強をすれば、「解法がわかる」ようになってきます。学校のテストなどでは、頑張って勉強し、解法がわかれば十分に高得点が取れるようになります。数学の入試問題などの応用問題では、平均点は取れても、「わかる」だけでは高得点はなかなか取れません。その壁を突破するためには、「ひらめく」ことが重要になってきます。「ひらめく力」は「考える力」であり、「考える力」を伸ばすためには、「考える習慣」が大切です。「考える習慣」を身に付け、「考える力」を伸ばしていきましょう。解説があれば、効率良く「解法がわかる」ようになり、成績も効率良く上げることができます。
「従来の暗記重視の教育は良くない、もっと子供たちに考えさせるような授業をするべきだ」という言葉をよく耳にします。なんとなく良い言葉のように聞こえてしまうのですが、私はあまり好きではありません。まず知識を持たなければ、何を思考すれば良いかもわからないし、物事が正しいのか間違っているのかを判断することもできません。社会人になって、「結局信用できるのは知識のある人だ」ということを実感する機会も多いです。
「暗記なんてしょうもない」という言葉に逃げずに、まずは暗記から勉強を始めましょう。
学習の成果を出す・成功には偶然の要素もある
試合に勝つためには、負ける要素が何だったかを抽出し、どうしたらその要素を消せるかを考えていく必要があります。もし勝ち試合であっても、この中には、負けにつながることを犯しているミスが多々あり、たとえ試合に勝ったからといって、その犯したことを見過ごしてはなりません。
成功には偶然の要素があり、、その要因は実は本人にもわからないことが多く、反面、失敗には再現性があります。やってはいけない事をやってしまうと必ず失敗するということです。だから実際には、むしろ失敗から多くのことが学べるものです。
戦略とは「戦いを略す」と書きます。戦わずして勝つ。いわば、やってはいけない事を知ることが何よりも先に必要となります。
「絶対に勝てる戦略」すなわち「成功の十分条件」はありません。しかし「これをやったらほぼ確実に失敗する」すなわち「これをやってはいけない」という事柄は存在します。言い換えると「踏んではいけない地雷」があるのです。そして、成功の十分条件は存在しませんが地雷を踏まないことが、少なくとも「成功の必要条件」となると考えることができます。
負けない戦略は、才能やひらめきではなく、地道な努力で作ることができます。ひらめきに頼る戦略は、たまたまうまく当たったときは「カッコいい」のです。
地味で目立たないことを大切に。目先のことに忙殺されて、基本を忘れる当たり前すぎておろそかにしてしまうのでは成功の必要条件を満たせません。
「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負け無し」
小学校の「算数」と中学校の「数学」は大切
「心底から理解出来ているとか、出来ていないなどの違いって何?」と思われた方の為に、初歩的な事例を挙げておきます。
小学校で習う「速度算」というものがあります。「公式とかやり方を丸覚えしてやり過ごした」という方も多いと思います。
これの「概念」そのものを知っていると、公式を覚える必要などまるでないと気づきますし、そもそも公式を頭に思い浮かべることがなくなります。
「速度算」に限らず、「割合」にしても「濃度」にしてもその他も、全て同じような話となっています。
重要なのは、これらの内容は「仕事」とか「勉強」のみで登場する訳では決してなく、職場を含む日常生活でも普通に用いられることです。
それは、「速度」とか「割合」とか「濃度」など直接的にそのような形をしていないこともよくあります。例えば仕事の予定を立てるとか、効率的な作業手順を考えるとか、そういった場面での「思考力」に形を変えています。
理解出来ているものどうしなら本質的な会話をして手短に結論や方針が得られる場合でも、相手が「理解出来ていない人」だと円滑に話は進みません。
仕事上の付き合いでそのような基礎的な内容に関して「全く話が通じない」と思われるのは、その職種がどのようなものであっても「大きな損失」と言えます。
「小学校の算数」と「中学校の数学」ですが、これが「高校数学」となると、かなり印象が違うように思います。
「高校数学」というのは内容にもよりますが、基本的にはより抽象的と言いますか、「具体的に目に見えるようなカタチのあるものとは異なる何か」を扱っているような感覚がより強いように思います。
「小学校の算数」とか「中学校の数学」というのは、大人になり生きていく上では就く職業や立場などに関わらず「必須のもの」ですから、義務教育の間に学んでいるのだろうとも思います。
数学は頭の中でイメージする力が大切です
計算問題は計算力があれば解くことができます。
しかし、「文章で書かれた問題」や「図形の問題」は想像力がなければ解くことができません。
想像力とは「実際に見えない物事について、具体的に頭の中でイメージする力」のことです。
紙に書かれた平面図形・立体図形を頭の中で「イメージする力」、文章で書かれた問題を読んでその文章に書かれている内容を「イメージする力」のことです。
「文章の問題」「図形の問題」が苦手な子は、想像力がないから、つまり頭の中で考えるべき内容を「イメージする力」ないから苦手なのです。
では、想像力つまり「イメージする力」を身につけるにはどうすればよいのでしょうか?
それは、「問題文に書かれている内容」「平面図形」「立体図形」を、頭の中ではっきりと映像として映し出してみることです。
「思い出」を思い出すのを考えてみてください。思い出を思い出すとき、その思い出ははっきりと映像として見えているるはずです。それと同じことをするのです。
思い出を映像として見ることができるのなら、イメージすることもできるはずです。
数学は、思い出を映像として見るのと同じように「イメージ」するようにしましょう。
自分に合った勉強方法は?
「勉強法が分からない」という声をよく聞きます。
はたして良い勉強法はあるのでしょうか?
それが分かれば、勉強しなかった子が勉強するようになり、
成績が上がるのでしょうか?
勉強法についての雑誌や本もたくさん出ています。
それらを読めば勉強法が見つかるのでしょうか?
残念ながら、良い勉強法というものは簡単には見つかりません。
なぜかと言えば、勉強法は勉強を続けていく中で、
それぞれが自分に合ったものを見つけ出していくしかないからです。
他人のものはあくまでも参考にしかなりません。
勉強法が分からないから勉強できない、というのは単なる言い訳です。
自分なりの勉強法を見つけるためには、勉強するしかないのです。
まずは、勉強時間を少しずつ増やしてみましょう。
それが慣れてきた頃には、だれでももっといい方法はないかな?
と考えるものです。
そうやっていろいろ工夫を重ねていくうちに、いつの間にか自分なりの勉強法が身についていくと思います。