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2025/1/1

『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』
野村克也さんが、よく口にしていた言葉であるが、要は、「まぐれで勝つことはあっても、まぐれで負けることはない。
負ける時には、負けるだけの原因・理由が必ずある」ということである。

例えば、入試を受け終わって、「できた!」「受かった!」と思ったのに、結果が不合格だった場合、なかなかその結果を受け入れられないかもしれない。採点ミスなんじゃないか?とか、名前を書き忘れたのか?とか、そんなことも考えてしまうかもしれない。

でも、後々発表された解答で確認してみたら、計算ミスや、問題の読み違いのオンパレードだった…とか。皆さんが想像しているより、はるかに多い。
(実際、生徒が入試から持ち帰った問題用紙には、その子が問題を解く際に使った式や筆算が残っているが、それを見たときに、生徒の「できた!」という感触とのズレを感じることは多い。)

「できた!」と自画自賛したくなる、ちょっと浮ついた状態は、思っている以上に危険なので、そう思ったときほど、冷静かつ謙虚に、見直しや解き直しをすべきであったということです。
傷口に塩を塗り込むような真似をしたいわけではない。結果が伴わなければ、それに向き合うことで、反省や改善ができて、今後の人生にいかせるという利点があるが、逆に「不思議の勝ち」を収めてしまった場合に目が曇ってしまうこと、真実が覆い隠されてしまうことを危惧している。

志望校、特に第一志望校に合格すると、受験勉強がうまくいったかのように思う可能性は高い。それが成功例として記憶されて、他者にも当てはめようとするかもしれない。 きちんと結果を出せた人に対して、第三者がマイナスなことを言う必要などないのだけれど、当の本人は、たまたまかもしれない。運が良かっただけかもしれない。少なくとも、自分には合っていたけれど、他の人には合わないかもしれない。

勝って驕ってはいけないし、それを人に押し付けるのもよくない。同じことをやってうまくいくとも限らない。そういう謙虚さが必要だと思う。
と言いながら、「不思議の勝ち」でも、まぐれでも何でもいいから、勝って欲しい!ということもあると思う。

これを繰り返してると合格はやってこない
「わかっていたはずなのに、解けなかった」
「わかったつもりになっていただけだった」
「時間配分をミスして、解けるはずのものが解けなかった」

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